(2)2001〜2004

ツカ研第一の黄金期(浅井の世紀)、薗田・中津・テルのレガシーがすべて宮川へ注入され、大蝶時代の幕開け

 

ツカ研 ヒストリー 2002-2004  version 3

うーん、第二章、2002-2004の3年分です。
で、相変わらず、ツカ研はパワーアップだなあ、この時期。

――――――2002年度――――――
2002年度って、なんだか、昨日のようだ。

この春(まだ01年度)、ナツコが東大でのSTSNJで発表。
豊島についてかなり包括的な研究の成果。
行政とか、企業とか、背景にあるアクターをフレーミングする。
ツカ研の現地調査レベル、そして分析力の高さを、全国レベルでアッピール。
これは夏に上海での国際学会での英語での発表へと展開。
デンマーク、そして上勝町へと飛ぶ、(飛びすぎだぜ・・・)、
いい助走に。
さすが陸上部の部長。

2002の前期、塚原は、オランダで古文書に埋もれる毎日で始まる。
まあ、着実に、ガッチリ、読み込む。 いちおう、歴史家なので・・・。
歴史気象学関係、オランダ科学史、それにオランダのSTSとPUSなど、
2-3年分のネタをしっかり仕込む。
そしてカレント・イッシューとしては、
ポスト911のオランダ総選挙(ピム・フォルタインの暗殺)、
それにユージンの小学校経験や、エドワードの結婚式・小野くんのフェイエでの活躍など、
けっこう盛りだくさんな日々。 
当時、イギリス滞在中の浅井が、ベナマルさんと、遊びにくる。

研究室の留守居役は今西・松本さん、定常的に運営。
塚原不在中、活動はしかり継続。

夏には、塚原一旦帰国。
けいはんな学研都市での技術革新についての国際シンポで、
インドの元科学技術大臣やら韓国の宋相庸先生のコメンテータやチェアパーソンをやる。
以下のとおり。
● 2002 August, ICTRI Kansai 2002, Roundtable Presenter and Commentator.
 
● RT4-1 Commentator to Dr. Menon, former Indian Minister of Science and Technology;
● RT4-2 Commentator to Prof. Dr. Song Sang Yong, former President of Korean Society of History of Science;
● Chairperson at TS18-3 presentation of Mr. Sarwar from Ukrina and TS18-5 presentation of Mr. Rahman from Bangladesh.

それで、阿部を台湾に送り出す。
神戸のサウナで泳ぐ。
真夜中のサウナでのカツカレー、朝一でナツコの英語の校正。
阿部は、その後、台湾で、大ブレーク。
決定的に、実力を発揮する。
 
上海での東アジア科学技術医学史学会には、ナツコ、英語での発表デビュー!
もちろんツカハラも歴史気象学の発表。われわれの業績は、以下の2本。
 Natsuko Matsuoka and Togo Tsukahara, “An Island of Garbage in the Eco-Utopian Euphony viewed from the History of Japanese Environmental Policy”, Presentation for the 10th Int’l Congress of East Asian Science, Technology and Medicine, Shanghai, 20-23 August, 2002.
● Togo Tsukahara (Kobe University), “Historical Meteorological Records in Japan in relation to Rangaku (
蘭学) and East Asian History of Science Context”, Presentation for the 10th International Conference of History of the East Asian Science, Shanghai, 20-23 August, 2002.

上海は、発表のナツコ、サポートに今西・コザ・テル、ミヤガワにフマの部隊。
フマは、ヒロシ・ジャッキー・フマーとなる。けっこう、調子よく、展開。
ミヤガワは、ここで作った人間関係で、
その後のソウル・ライフに、アカデミックなフレーバーが付け加わる。
U20
の日中戦、まだサッカー暴動とか反日運動の知られぬ頃。

で、後期、塚原オランダから帰還。
けっこう、教官の間の人間関係は最低だったが、自分的には、いい感触でのスタート感。
ぐぐっと、全面展開でした。
メインなイベントだけでも:

11月STS学会での東京遠征
年明けの気象学の国際シンポ
そして3月のSTS春シンポでの発表、
などなど。

ここの水1、杉林・小宮山・オカムラ、ナカツのおかーさんの同僚の娘の竹添、
それに富永、タロウ・カズ・ハタの青春3人組あたりが参入する。
うーん、2002組、なかなかの面々です。
最初のレジュメ、注に、貼っておく。 ちょっと、懐かしい。

で、02後期は、
大阪府大の非常勤で布施くんとPNSの文献を読み、翻訳をHPに。
これはアオイのテーマに。
そして後期の収穫は、キョウゲンで、デンマーク帰りの、トモちゃんをゲット。
デンマーク留学を志望していたアオイ・ナツコに、最適のアドヴァイザーになる。
ナツコーザとトリヲを組んで、豊島、そして水俣に潜航を開始しだす。
プロ級の写真小僧だった。

10月28日(大阪)、そして29日(京都)では、ジョゼ・ボヴェの講演。
大阪には、なぜか、中川暁太が来ている。
ヤツって、隠れサヨクだった。 ちょっと見直す。
ツカ研は、カスガのチームに合流。
それで、ツカハラは、ボヴェにアテンド。
京都は、京都精華大のイベントだったけど、ツカハラが通訳をする。
アオイがここで合流。 ボヴェの講演の通訳はいいんだけど、
質疑応答で、わけわかんない質問するヤツって、必ずいるけど、そういうのの通訳って、ホント、困る。
うーん、でも、ボヴェ、なんか、かっこいい。
あういう風に、権力とちゃんと、単純に、対峙している、って、いいなあ。
難しいこというより、ストレートな対峙、って、これ、
ポストモダンもシニシズムも、はたまた捏ね繰り回した概念操作も何もいらない、
素手での真っ向勝負、って、いう感じで、なんだか、説得力がある。
腐れアカデミアにいると、ああいう人に、直線的に尊敬を表現したくなる。
ボヴェを呼んだもの、平川パラダイム。
平川くん、このころの活躍ぶりは、すごい。
のりに乗っている、という感じでした。

このころやっと、2002のシンポの報告書が、刊行。
阿部・ナツコあたりが、活躍。

●『東アジアにおける科学・技術と社会:2002神戸東アジアSTS国際シンポジウム報告書』、20033・4月、「神戸STS叢書」、シリーズ1
『東アジアの「科学と帝国主義」:2002神戸東アジア科学史国際シンポジウム報告書、「朝鮮半島の新しい科学史」そして「日本帝国主義と科学・技術・医療」』、20033・4月、「神戸STS叢書」、シリーズ2

後期、11月に、東京遠征。 STS学会。 
藤垣さんが、東大でオルグした。
調さんが、ツカ研ご一行様を、うまく、裁いてくれる。
うーん、鬼頭さんとか、金森さんとか、WWFの佐藤さんとか、
けっこう、有名な、すごい人たち・・・に、かこまれて・・・
まあ、いろいろと、やってきました。

それで石垣島のWWFのサンゴ礁の保全プロジェクトに行ったカズ・細川の石垣レポートはいい。HP参照。
でもカズは、その後ヨーロッパで盲腸をこじらせて死にかける。
ほんとに慌てる。病院でへろへろになっていた細川を見舞いにいって、
うーん、ツカハラは、やっぱ責任を感じる。病院に居る若いヤツをみるのは痛い。

ここで、親孝行のマラソン少女・オカムラが、
ナツコとアオイの後に、デンマークを担当。
そしてカズ・細川も、結局デンマークへ旅立つことになった。
しかもなぜかコミ・ヤスコと一緒に・・・

12月12日、京女の平川さんのとこで、インドのバンダナ・シヴァのとこに居た、
というか、また長いこと行っちゃう、矢谷直子さんの報告会・セミナー。
彼女、なかなか、面白い。
インドのGMコットンについての報告。
モンサントの現地事務所にまで入り込んでいる。
矢谷も、平川(ICU)一党で、村上陽一郎先生のICU時代のグループ、カスガくんとも盟友です。

年は明けて、2003年になって、(まだ2002年度、ですけど)、
1
月に気象シンポ これは、なかなか、面白かった。
フレミング先生のアテンドをしてくれていた、2人のエミが気に入られる。
2人とも、けっこう、しゃべっている。 
まあ、イギリスにいたんだし。写真が、けっこう、充実。
さすが、専属カメラ・パーソンがいると、いい。ともちゃんの写真は、HPに。
 Nakatsu, Matsumoto and Tsukahara, “Introduction of Medern Meteorology in Japan: Early Instrumental Observations in Kobe and Japanese Acceptance of Meteorology as Modern Humboltian and Baconian Science”. 中津匡哉・松本佳子・塚原東吾、「幕末から明治にかけての神戸での気象観測:神戸居留地データの歴史的研究」(発表はフランス語、Premiere Observation Meteorologique a Kobe、松本による逐次通訳付き) 
 Togo Tsukahara as the Convener, together with Prof. Dr. T. Mikami, International Conference on Climate Change and Reconstruction of Climate, 12 January, 2003, Kobe University.

その後、内藤ともちゃんが、かなり苦労をして、報告書をまとめてくれた。

● 『気象学と歴史学の遭遇』、東アジア環境史・気候変動 国際シンポジウム 報告書、三上岳彦・内藤智子と共編、200310-11月、「神戸STS叢書」、シリーズ3

これって、なかなかだ。
あちこちから、問い合わせもきている。
国会図書館でも、「内藤智子」の名前で検索できる。

そしてコザの、コリア展開が決定!
03年度と、ついでに04年度をプサンで過ごすことに。
しかし、留学前のこのころ、どうも、研究室に「住んでいる」という噂も。

研究室が、妙に、「きれい」になっていると、だいたい、コザの仕業でした。
けっこう、面白い現象。
ミヤガワと入れ違いの展開、阿部と半年ずれて、ナツコとも半年ずれて、
でもその後、コザは、2年滞在することになっちゃったから、
どうも、帰ってくればコザがいる、と思っていた人たちは、・・・肩透かし。

でも、コザは、なんだか、ちょこちょこ、帰っていた。
・・・どうも、研究室がキレイだ、とか、片付いている、とか、
そういうときは、コザの気配がした。

でも、阿部も、けっこう、きれい好きだったことも有名。

1月はその後も毎年来ることになる、文科省の牧真一郎さんに、ゼミでのトークをしてもらう。
うーん、ツカ研は、高級官僚も顔を出すようになった。
・・・でも、文科省は、大学の「所轄官庁」だから、またまた、ちょっと、難しい。
・・・事務で、「ツカハラ先生のとこに、『本庁の方』が、見えられている・・・!」とか、
ざわめいている。 うーん、ただの、研究上の知り合いで、ディスカッション仲間だってのに。
このころ、ツカ研は、ふらりと訪れる人が多い。理学部の郡司・ペギオ・幸夫さんとか。

そういえば、この2月2日、ツカ研関係者としては、
三村タロウくんと、ハットリ恭子さんの結婚式が東京で。
新婚の家庭に、ずうずうしくも泊り込んでいたのは、薗田恵美。
さすが、傍若無人(?)ぶりは、ツカハラの教育成果?
結婚パーティーの司会は、リュージ・ヒラオカ。
このころ、ツカ研の触手が、テンタクロスの腕のように、
全国の科学史・STSの世界に伸びていた・・・

2002の2月15日から、韓国へのナツコ隊が出発。
あちらではミヤガワに会い、コザを置き去りにする。
HPに、旅行記あり。なんだか、スゲー旅のようで、楽しそうだ。)

そして2002年度-2003年度になる春には、若手中心に、
けっこうな人数を動員かけて、東京遠征。
STSNJで歴史気象学・中津とPNS・アオイの発表
2002年度の最後を飾る、STSNJの春のシンポ、
ツカ研からは、ナカツとアオイの2トップで戦うかたち。 
でも、どうも、ナカツは、デフェンダーぐせ(?)がでてしまい、
トップにしては「しゃべり」が課題と判明。内容はいいのに・・・
でも、この辺から、ナカツ、「おもろー」なる。
そして、それにしては、アオイは、「エラッソー」である、
というナツコの言葉のとおり、この発表は、一人前にこなす。
うーん、使える漢である。
 中津匡哉・松本佳子・今西英貴・浅井恵美・塚原東吾、「歴史気象学とSTS」、STSNJ2002年度、研究発表会、東京大学、先端科学技術研究センター、2003323日。
 堀内葵・竹添舞子・加藤源太郎・今西英貴・杉林まみ・小宮山寧子・岡村有希子・内藤智子・塚原東吾、「ポスト・ノーマル・サイエンス研究の現在:EU科学論の状況と展開」、STSNJ2002年度、研究発表会、東京大学、先端科学技術研究センター、2003323日。
うーん、中津は、やっぱ、「しゃべり」のスキルが必要だ。
アオイは、いささか、見直した。こいつって、使えるやつかもしれない。
というか、アオイは、どうも基本を押さえている。
社会的な問題に関して、という意味での、自分の立ち位置を意識できているようだ。
だからデンマークに行く前の「仕込み」は十分。

この春、2002年度の卒業生は、ミゾグチとテル。 
大納会の写真を参照。ここにはいないけど杉岡も卒業。
テルの卒論は「血液行政」をめぐる、献血ポリティックス。
後に、人体資源化の問題を扱う、粥川・香西シンポの、長い長い前置きに。
でもテル自身、このころはアメリカへの留学の準備中、
なかなかの「ソルジャー」ぶりを発揮している。
「準備中」っていう日本語は、「しまってます」ということだと
日本語をしらない外人は嘆くが、
日本を発つまで、ツカ研の、「準備中」の「全開」で、
中津とともに、「ツカ研主戦力」に。
ミゾグチは、遥洋子・上野千鶴子、そしてCSECと走りぬいて、
子どもの権利の高岡真紀子さんとか、あとでシャプラに行く中村レイナさんに世話になり、
それで、最後は、東京の大和総研へ。
・・・そういえば、ツカハラは、イギリス時代、
「アングロ・ダイワ財団」というところから研究奨励基金をもらっていたこともある。
ミゾグチって、ツカハラのスポンサー?

そういえば、流行っていた言葉: 「クリス難民」
ミゾグチとか、スズキ・タカヒロとか。
クリスさんに捨てられたメンバーが、なぜか、ツカ研に吹き寄せられてきていた。
スズキがうちに寄せられた理由は、ちょっと、他にもあったようだが。

3月25日、東京でバンダナ・シヴァとミーティング、加藤登紀子さんが来る。
トモちゃんに写真を撮ってもらって、
ユージンに、このおばさん、『紅の豚』のポルコの好きなジーナさんの声の人なんだぜ、って、自慢する。
このころ、うちでは、保育園に行くときの挨拶が、
「あばよ、戦友。」だった。 
・・・「あなたは、オンナを桟橋の金具くらいにしか、思っていなんでしょう!」
という所では、「でも、金具って大事だよねえ?」、と、ユージンに聞かれ、
いろいろと説明していたころ。
「飛ばねえブタは、ただのブタだ。」とか、
あのドラマにある、反ファシズム(今では古い言葉になっちゃったが)とか、
ブタというユダヤ人、とか、そういうところに、いろいろ面白みを感じて、
ユージンと、何回もみていた。

閑話休題、26日には、京都のアヴァンティで、シヴァの講演会、
ツカハラは通訳、それから街中、烏丸のあたりでトークセッション。
小宮山・杉林・イマニシに松本さん、アヤネとか、岡田ユカコとか、いろんなメンバーでサポート。
これは平川さんとカスガくんの京都アタック系のグループへの連携。けっこう、面白い。

―――――― 2003年度―――――――― 

2003年の4月って、みんな、何やってたか、覚えてるかあい?
え、高校生? うーん、そういうことじゃあなくて・・・
ツカハラは、ちょうどこの頃、「学長インタビュー」とか、
ウェッブのストリーミングで流れているやつ、収録されてます。
うーん、でも、3月から4月にかけて、いささかきびしい花粉症で、調子がわるいんだ・・・。

前期、まずツカハラは、新入生歓迎合宿に、出ていって、
夜の中津とスズキの乱入があるが、ここで小宮山をオルグ。
杉林・薗田と共に、フランスのG8に飛ばす。
京大のカスガや、フランスの隠岐さんに世話になる。
小宮山のレポートは面白い。
隠岐さんとは、この縁で、ヘッドリックの翻訳をやることに。
新歓合宿で二日酔の朝、朝5時おきで早々に退散したツカハラは新大阪で
イマニシ・ともチャンと待ち合わせ、
東京で松本さんとも合流して、都立大の三上・財城・市野さんとミーティング、
これで、ツカ研のコンピュータとか、完全に、一新!
でも、冗談じゃあなく、「末期症状」だった「都立大学」との付き合いは、
けっこう、たいへん。・・・三上先生には、恐縮です。 
困ったヤツは、石原慎太郎である、でも、都民が、投票で決めたんだから・・・
というわけで、「首都大学・東京」になっちゃって、大混乱。
石原慎太郎は、大嫌いです。

5月15日、林衛さんを迎えた、「科学ジャーナリズム・ワークショップ」
高槻にJAの生命館から、大阪のナツコのお兄ちゃんの飲み屋さんでディスカッションという、
けっこう、面白いイベント。
東大からは中村マサキくん、京大からは瀬戸口明久くんのサポート。
杉林が、オルグに頑張る。

この5月はなかなか、忙しい。
25日、ツカハラは、駒澤大学での歴史学研究会に脇村さん・加藤茂生さんたちと、
「科学と帝国」のシンポジウム。近代史部会。 岡山大の今津さんと、岡山空港から同行。
脇村さんは歴史学研究会の大会で、
早稲田大(当時は日大)の加藤茂生さん・米谷匡史さんとのセッションで同席。
ここで飯島渉さん(青山学院、当時は横浜国大)たちも同席。}
帝国研究のプロジェクト化への布石は着々と打たれている。
 歴史学研究会、2003年度大会、近代史部会、「科学と帝国」、発表者:加藤茂生・脇村孝平、コメンテーター:塚原東吾・米谷匡史、2003年5月24日、駒澤大学:あとで歴研の雑誌、『歴史学研究』に報告。
飯島さんは台湾、脇村さんはインドで、
この領域の医学史・医療史についてのネットワークに重要な人たちとなる。

それで、前期の勉強会は、松井やよりの本の勉強会。
ちょうど、松井さんがなくなって、ツカハラ的には、なにか、追悼、というか、
その遺産を受け継ぎたい、というか遺志を何とか伝えたい、と思ったのが、そもそも。
薗田が担当。
でも、これって、G8のレポートを書かないペナルティだったんだ、そういえば。
相変わらず原稿を書かないヤツ! 
HP
に、それらのレジュメがある。これはなかなか充実している。
それから、ヘヴィーな読書会は、『帝国』(今西)。
ベック・危険社会は、源太郎ゼミと、全体に、なかなか濃いいかった。

6月は、7-8日に、科学史学会を神戸で開催。
こーゆーときは、留学準備中のテルがオルグに大活躍。
このころ、ツカ研は、テルと中津の中盤が、全体をうまく押さえるシステムで、
好調に稼動。今思うと、やはり、「テルと中津の中盤」という編成、
それに「松本・今西のディフェンス・ライン」というのは、
浅井・薗田・マリナ・柴崎、そしてともちゃんたちをはじめとして、
研究室の全体が動く上で、かなり、安定した「勝ちパターン」だったんだ、と歴史的回顧。

●『現代思想』、7月号、「特集・ウィルスとの遭遇」に、ツカハラの論文:「自然の再侵襲:気候変動が示唆すること」。
いやいや、これは、〆切が科学史学会と重なっていて、ほとんどアルコールとともに書いています。
アオイに言わせると、ツカ研の活動記録のようだ、とのこと。
たしかに、ヴァンダナ・シヴァから始まって、フレミング先生の議論の紹介と検証、
ついでに注には、中津・松本の発表、濱田の卒論、アオイのHPでのPNS紹介論文まで挙げてあるので、
まったく内容は、ツカ研での活動そのものだ。

夏から、ナツコ・アオイ、テルをはじめ多くのメンバーが海外へ:
前期納会、7月3日、雨の中のサッカーとジェームスでのパーティーで、
ユージーン、サッカー、デビュー。
オヤジは、もう、へたへた。
中谷もジェームスに合流。

この夏は、中津のオーストラリア調査。
それほど成果は多くはなかったが、マーシャル・マールマンの事跡を追っかけた旅。
うーん、でも、ヒカリモノの好きな女の子には気をつけろ、とか、
まあ、けっこう、ヤツはヤツなりに頑張ったんだぜ。
岡田とミゾグチ、ちょっと、中津の話を聞いてやってくれ。
戦犯は、ナツコとコザ。 でも中津は、このころから、さらにおもろくなっていた。

それで、この夏は塚原は、まずはシンガポールで、グレゴリー・クランシー教授から招待を受ける。
それで、『国際アジア学会議』(IPCS3)で、テッサ・モリスースズキや、
橋本毅彦さんと日本の科学史をめぐるセッションに参加して以下の発表。
 Togo Tsukahara, Weather of the Empire: Japanese history of meteorology viewed from the angle of “Science and Empires”, Togo Tsukahara, Singapore University, The Third International Congress for Asian Scholars (ICAS3).
デッサ・モリスースズキさんは、すごい、面白い!
テッサさんの仕事をめぐっては、右翼が彼女をいちいちターゲットにしている。
たしかに、レベルが高い。
テッサさんの彼氏の森巣博さんは、姜尚中さんとナショナリズムの本を作っているが、
それを学生に読ませている、と言ったら、ちょっと、テレていた。

で、この2003の秋からは、主力候補が阿部とミヤガワということで、
ツカ研の「かに座2トップ体制」が、しかもアジア展開型に、形成されつつあった。

でも帰国当時のミヤガワは、なんだか、ちょっと、倦んでいた。
どうもフマくんがいないと、元気が出ない、らしい。
どうやら、けっこう、ひとみしりで、人間嫌い(?)なとこ、ナイーヴなところがある。
でもこのオトコは、着々と、はじける日のために隠れて練習を重ねていたようだ。
どうも、けっこう優等生のくせに、ワルぶるのが必要な、「ボーイズ・カルチャー」を、
忠実にフォローするタイプの人間なので、勉強しているところを、人に見せたくないらしい。
どうも、そこを見抜けなかったツカハラはこのころ、
「ちゃんと社会性を持って、韓国社会を見ろ!」などと、ミヤガワに、いらん説教をたれまくる。
でも、香西さんへの食いつきのよさなど、
やはり、ただの優等生にないものを持ったやつだった。
というか、ただのフェロモン系? いやいや、ちゃんとしたタイミングで、
ちゃんとフェロモンを出すのは大事だぜ、「は」、じゃなくて、「も」、だけど。

1では、リョンソンやミッキー、そして毛利やコイケをゲット。

10月には、台湾での東アジアSTS学会。
 Togo Tsukahara, “East Asian Comparative Studies on the GMO and the Public: Japanese case”, presented at the East Asian Science, Technology and Society Network Meeting, Taiwan, 2003 October 4-5.
ツカハラはアベをともなって参加。日本からは中村マサキくん、
中島さん、金森さんと、いつものメンバー。
学問的には、めちゃくちゃ面白かった。
いま、われわれの学問の世界、科学史やSTSでは、台湾と韓国は、すごく、いい。
ちゃんと共同戦線を張ることを模索してました。
これは塚原の2005帝国大学予算と、
同じく2005年の台湾からの『東アジアSTS国際ジャーナル』の刊行に関する共同編集の提案があり、
かなり明るい将来展望につながっている。
でも、ここでの「なんていったって」、一番の話題は、
メロディちゃん事件。
やっぱり、スーパーフリーは、困ったヤツラだ。
阿部の蘭與嶋でのフィールドもこれにあわせたタイミングでかなりの高水準で報告。
ナツコの豊島にあわせて、核のゴミ、ということで、ゴミ・コンビの結成かと、危ぶまれた。
うーん、阿部は、ここらで、かなり、ブレイクしている。

11月 神戸でのSTS学会の開催。
うーん、一年で2つの大規模学会を運営するとは
・ ・・しかし、松本さん、ちょっと、たいへんな年でしたねえ。
えへへ、総合科学技術会議の、井村先生を呼んで、
学長も、中岡哲郎先生も、後藤邦夫先生も、
まあ、金森さん・中島さんそして藤垣裕子さんと、
まあ、ビッグ・ネームが多くて、たいへんだった。
ツカハラは、完全に、「権力の手先」、というか、「権力機構の一部」とか? 
もちろん、そこらで、ちゃんと、社会批判をする、微妙な線を走っている。

われわれの編成は、万全でした。
ミヤガワ・阿部の2トップ、がっちり機能している。
松本・浅井・内藤の有能なトップ下のチームが、全てのコボレだまを拾い、
ミッド・フィールダーの中津が、塚原と平川さんからのパスを確実につないでいる。
外人部隊の中心は、フランスの傭兵部隊でもサムライとして知られていた綾部さん。
そして中村くんは、相変わらずの公家のおっとり刀で、スパッと切っていた。
東京からは調さんも強力な援軍として参加。

ここでの活動、そしていろいろと素人学生集団を、まとめあげて、
あちこちで、勉強させて、調査して、議論して、組織して、
アッピールしまくって、
こちらにはこれだけ有能な学生がいて神戸には、
「知識生産の拠点」が形成されているんだということを展開し、主張すること。
そして、しっかり、何かのかたちを作ること。
それはおおぼらのようで、われわれ世界では、
「中島と塚原の大ぶろしき」、とも言われていて有名な(?)のですが、
実は大きな、評価の対象になっている。
・・これらは、2005の大型予算獲得の、きちっとした布石なんですぜぃ。
いやいや、なんか、忙しいけど、ちょっと、実は、楽しい!

このころ、都立大から、コンピューター・プリンタ複合機が到来。
ツカ研、やっと、情報環境のリニューアル。
コピー・プリンタ・ファックスの複合機が、珍しいらしく、
ときどき、おがんでいる人がいた。 カラーですよ、それも。
デスクトップのディスプレイも、
「きゃあぁぁ、キレイ!」とかいわれて、鏡の代わりにされていた。
DVD
も見れる、ということに、半年ばかり、気づいてない人も多かった。
うーん、旧石器時代のようなツカ研にあって、
情報環境をセッティングして、HPを担当していたのは、やはり、仕事人・阿部くんでした。

後期は「史上最強のツカ研卒論軍団」の5名、
浅井・薗田・中津、そしてマリナにシバサキって、
これは、まさしく、ツカ研(第二の?)黄金時代!

うーん、卒論の内容については、また、別に、ちゃんと書かねばいけない。
でも、一つ一つ、ちゃんと、オリジナリティをクレイムできる部分があるし、プライオリティもある。
この年の卒業生には、ホンダ・ユーコも。
こちらは、あいかわらず、めくるめくホンダ・ユーコ的世界が開陳されている。
その辺は、誰からの教育的影響もほとんど受けないで、全く一貫していて変らないのは、
ここまでやると、立派。

このころ、ちょっと、大阪の青テント、
そしてホームレス関係の雑誌でツカ研に出入りしてたナバラが、発表会のとき、名言を吐く
: 文化規範の卒論は、文化規範じゃあなくて、「ツカ研とそれ以外」ですねぇ、と。
うひひ。たしかにそうだ。

ただ・・・、
でも、不可避的に、やっぱりこれだけレベルの高いことを連続的にやってしまっていると、
「男のじぇらしー」が蔓延して、マリナは、ちょっと、苦労。
でも、なにを言っているかわかんない、という人の負けでした。
濱田の時の「場違い発言」を彷彿とさせる。
マリナの卒論は、ちゃんとフランス語文献にまで目を配った論文を仕上げて、
いい仕事でした、間違いなく。
世間様は、マリナのレベルのほうが高いことを、
そして、わけのわかんないことを言い出すひとの指導にかかる人たちのレベルの低さを、
ちゃんと、わかっている。
うーん。 ちょっと、やっぱ、「文化規範」というのも、「末期症状」。
たしかに、崩壊します。 
というか、文化規範という講座は、自動的に、分解して、2005入学生が最後になってますから
しっかし、文化規範の卒論のレベルの低さには、かなり、本気で、やる気をなくす。
うーん、そもそも、やる気もあるのかどうかわかんないって、
そういうレベルだし、これは、困った・・・! 
それでも、そこそこに卒業したり、大学院とかにいっちゃうんだから、
まったく、神戸での指導のクヲリティが笑われてるぜぃ。
うーん、「製造物責任」もんだ。

卒業: 浅井・薗田・中津・マリナ・シバサキ。 
大納会! ミヤガワのボーズが、かなり、怖くて、面白かった。
岡田ユカコの魔女っ子メグちゃん(?)とミヤガワが並んでいる写真がHPにあるけど、
ああ見ると、みょうに似合ってたし。
いささか喩えは悪いけど、ハルク・ホーガンの肩に乗ったシンディ・ローパー、とか、
みたいな感じの可笑しさ感。 源ちゃんの白鳥とかも、大納会の伝説に。

浅井はNECに、薗田は東大に、中津は留学の準備で、後に、ナントに。 
そしてマリナは繊研新聞で記者に、柴崎は渋谷の東急ハンズに。
うーん、ツカ研って、なかなか、みんな、かっこいい人生を歩んでいるみたいに見えるって、
これも、歴史的回顧。

で、このころ、2004・1月 オガちゃん、着任。 
オガちゃん、着任当初は、けっこう、院生風。(いまでも?)
で、まずは、中津と赤井のサッカーでデビュー。
「フツーに、かっこいいジャン。」とか、柴崎に言われてる。
このころ、フツー、という言葉の日本語での用法が、ビミョーに、変化しだしているころ。
卒論では、薗田の査読を頼む。 

そして1月、東大で、台湾大学社会学部の先生がた、
陳東昇さんや呉嘉苓さんたちと、若松さん・小林傳司さんたちの、
コンセンサス会議についてのセミナーを企画。
会場ほか、東京では、準備はほぼすべて、中村マサキくんに世話になる。
台湾の先生がたとの対応は、阿部が一手に引き受け、そつなく展開。
中村・阿部という関羽と張飛、というかスケさんとカクさん(?)、
どっちにしても、中村くんはお公家さんっぽいから、
あまり、ごつい子分衆には見えないのだが、
実はヤツは、ああ見えてかなりの遣い手だということ、
まあ、知っている人は知っているよねえ、
そんな風に、濱田・ヒラオカ時代、テル・中津時代など、
仕事をしっかり任せられる2人組を従えると・・・塚原は、安心して飲んじゃう。
ちょっと、飲みすぎ。(いつもだ・・・!)
この日、塚原は完全にベロンベロンになり、台湾の陳東昇先生とはかなり仲良くなる。
翌朝、二日酔のまま、品川プリンスのプールで一緒に泳ぐ。 
それで、後にルーインを助手にするのは台湾大学社会学の正教授の彼。
助教授が呉嘉苓さん。
そして陳さんは、このあと、台湾での、文科系のトップのポストに就くことになる。
それで国際学術誌の共同編集の提案は、
ほぼいろいろな決定権に大きな発言力を持つ陳さんから中島・塚原に投げられる。
うーん、やっぱり、仕事は、べろべろに酔っ払ってから(?)なのだ、
なんて、ふざけた確信、というか、自己弁護。 えへへ。 
で、中村マサキくんには、4月からは神戸を離れる薗田の東京での指導教官役も引き受けてもらっています。
神戸の「製造物責任」もありますが、どうか、生活指導(?)、よろしく頼みます。
最終プロダクトが悪いときは、東大のせいですから!
なんて、まあ、薗田、ちゃんと頑張んなさい。

――――(2004年度)―――――――――――

で、2004年度、これもなかなか、熱い年です。
でも、まだホットなので、ヒストリーとしては、ちょっと、いろいろ、扱いにくい。
なに言っているか、わかるよねえ。 
えへへ。で、源ちゃんは、プール学院大に、
そしてツカ研には、京大から瀬戸口さんがPD(特別研究員)で来る。
研究面で、ますます充実。

このころ、流行っていたもの、というか、ツカハラのマイブームだったのは、
夏目漱石の、『坊ちゃん』。
(前回、濱田が『バガボンド』にはまって、ツカ研のマイブームになっていた、
のに比べると、ちょっと、ローカルすぎて、ごめん。)
というのも、阿部が春先に松山に旅行に行ったらしくて、
松山って言えば、坊ちゃんでしょう、ということで、「坊ちゃん」読みましたよ、
それで、ツカハラ先生みたいですよ、っていうんで、そーかなあ、
って思って、読み返したら、
うーん、これって、オレじゃなくて、オガちゃんだぜぃ、となったわけです。
神戸の手塚治虫と村上春樹と坊ちゃん、って、
三題噺みたいなの、神戸新聞のエッセイに書きました。
まあ、悪い冗談のようなもんです。 えへへ。

6月には生物学史研究会で、大阪大の水野祥子さんをお呼びして、
インドの森林管理についてのセミナー。
大阪府大・経済学部の脇村孝平さんもこの関係者。
脇村さんは、前年5月の歴史学研究会の大会で、
早稲田大(当時は日大)の加藤茂生さん・米谷匡史さんとのセッションで同席。
ここで飯島渉さん(青山学院、当時は横浜国大)たちも同席。
帝国研究のプロジェクト化への布石は着々と打たれている。
飯島さんは台湾、脇村さんはインドで、
この領域の医学史・医療史についてのネットワークに重要な人たちとなる。
脇村さんは、20054月から、瀬戸口くんのボスに。

前期のハイライトは、7月の重信メイさんとの対話。タロウと杉林のプロジェクト。
なかなかの成功! そして報告書もオンタイムで出せる。
これは国会図書館でも検索できるぜ。
『国籍:重信メイとの対話』、杉林まみ・玉置太郎・小笠原博毅・塚原東吾共編著、2004年8月、「神戸STS叢書」、シリーズ4

それで、前期の輪読会は、Lo Ming-cheng, Doctors within Borders: Profession, Ethnicity and Modernity in Colonial Taiwan, California U.P., 2002.
(
ロー・ミンチャンの『ドクターズ・ウィズイン・ボーダーズ』)
このタイトルは、「メディサン・サン・フロンティエ」(国境なき医師団)を文字って、
国境(さまざまな境界、と、ボーダーは、複数形であることに注意!)の中の医師たち、
という本で、台湾での日本植民地期の医療と医師集団の社会学的分析の本です。
これは、面白かった。うーん、アベの抜群の仕事にリョンソンがよくついてきていた。
ミヤガワ・松村、ときどき岡田も参加。これは、後に阿部の卒論のステップに。

7月は塚原はドイツで気象学の国際会議、これはドイツから出版の予定:
 Togo Tsukahara (Kobe University), “Nineteenth-Century East Asian Climate Reconstruction from the Perspective of History of Science”, presented at the International Conference for the history of meteorology, held at Polling, Munchen, Germany. 2004年7月 ドイツ・ミュンヘンにおける国際気象学史学会にて発表。

で、この前期から、ナカオとクボが修士で参入。
ナカオは、いろいろと、神戸ライフを乗り切っている。・・・ように見える。
やっぱり、ナカオがいい感じで泳げる状況は、中津の中盤と、
今西のディフェンス、それにミヤガワ・アベの2トップが作り出してくれたんだろう。
HP担当で、面白くやってくれている。
それと、なにしろ、ツカ研のプロダクトのデザイン性が、
一気にプロのレベルになったのは、中尾の貢献による。

それで、前期納会は、龍野の中津のうちへ。 オカムラ・杉林とナカツを送り出す。
なかなか、いい夏休みの一ページになりました。
中津のお父さん、どうもありがとうございました。
ともちゃんの写真、いいなあ! 「夏休み」って感じです。特に、オガちゃん。
中津へのプレゼントは、「マツケン・サンバ」のDVD.
チョイスは今西、さすが、流行の見立てはいい。
そしてなぜか夏休みに、突然の報、ミヤガワは再度、韓国に!今度はプサンだそうです。
うーん、コザの後を追うのか?

秋にはアベの台湾の文献調査。これはすごくきちっとしている。
アベ・ツカハラ組の評価、台湾でえらい高まる。 
そしてローの翻訳の整理も順調に進めて、
その後、法政大学出版会から出版の方向性でいくことになる。版権の交渉中。

後期、この年の水1は、けっこう、悩む。この期で、最後だし。
ちなみに、文化規範はなくなることになり、ちょっとホッとするが、
ツカハラは、異文化交流大講座に、そして越境文化論で、
「テクノ文明論」(だっけ?)を教えることになりました。
うーん、これって、一体、なんなんだろう。 
ディシプリンがないよなあ・・・、
フーコーの言説はよく引用して、
自分自身、けっこう、フーコー主義的な学問アプローチをとっているけれども、
実はツカハラは、完全にディシプリン型のニンゲンです。
ディシプリン、って、規律、とかですぜ。 うひーっ。
(わかるよねえ、ちなみに、小生、けっこう、プロテスタント的ですし、
オランダ系のカルヴィニストとか徹頭徹尾共感しちまってます、
なにしろ決定的に資本主義の精神を備えてるし!)
うーん、だから、訳のわかんないコトバをやたら並べて、
全く中身のない国際文化の編成には、いささかなあ、
もー、ああ、これぞ、「四文字学部の悲劇」!!!
とか全く、こまったもんだ、と思ってます。
でも、それなりに文脈がいい加減な分、中身で勝負すること、
そして生産物は最高水準でいくために努力することには、
ツカハラは、けっこう、面白みを感じているから、(やっぱ、カルヴィニストだ!)、
ま、いっか。とかなんとか。

で、水1。
「最後の」水1だぜ、6回目の。

じつは、酒井順子の、『負け犬の遠吠え』で行こうかどうか、迷った。

でも、まあ、アベとナツコをツカ研に送り込んだツカ研中興の立役者ミゾグチへのトリビュートとして、
やっぱり、最後も、遥洋子で、いくことにした。
なんというか、文章のリズムに、関西弁のノリがあるし、
東大って、薗田も受かるくらいになってきたので、
まあ、たいしたことない、手の届く範囲だって、
神戸の若手にはちゃんと理解しておいて欲しいし。
その意味で、酒井順子は、完全に、東京弁の日本語だから、
(それも、立教、その上、立教女学院のだぜ・・・)、
関西の大学では、ちょっと、躊躇がある。
それにツカハラ的には、どちらかというと、
『容姿の時代』のほうが、穿っていた、という気もあるし。

残念ながら、今回、『69』を落としておいたのは、
やはり、その直前に公開された映画ヴァージョンがあまりに、だめだったこと。
そしてミヤガワを陥落させた『GO』についても、
うーん、クボヅカが、思ったとおり、
おもいっきしバカやって飛び降りをしてくれたタイミングだったから、
今回は、『GO』は、ちょっと、引かせざるをえない。
でも、役者として、クボヅカよりもだめって感じるって、
うーん、そりゃあ、妻夫木は、ちょっと、優等生的すぎて、
どうも、村上龍さんの持つ「面白い」エネルギーが、全然ない、
というか、村上龍の否定するものを象徴するような、
ヤツの本来のアマちゃん優等生的な存在観がでちゃっていて、
陽水流にいえば、「あれはミスキャスト」。 

妻夫木は、口だけで、本当はなんもできないヤツ、
夢は見てるが動かない(動けないし、能力もない)ヤツ、という、
「きょうの出来事」の田中レナの彼氏役が、あまりにも、ぴったりだったから。

どうも、だから、原作の持つパワーだけで行くというには、
映画化によるネガティヴ・ファクターがかかっちゃっていて、タイミングが悪すぎた。

で、しょっぱなは、『カラシニコフ』を批判するスタンスで始めた。
まあ、このラインは、やはり、これからの展開で、
岡倉古志郎、『死の商人』という王道につなげたい。

あと、このころ、気になっていたもの、
実は、けっこう、ゾルゲとか、ラスト・サムライとか、
明治日本の帝国としての展開とそのリプリゼンテーションです。
なにしろ、ケン渡辺とかサナダ・ヒロユキ、それに本木とかって、
ツカハラの世代の人ですからって、
うーん、渡辺はひとつ上、真田って、同期だぜ。松田聖子もだけど。

うーん、カーリィー・ミノーグのサムタイム・サムライも後からついてくるって、
だいたい、テイトウワのプロデュースだぜ、ドラムを叩いているのはチサトだし、
これって、オリエンタリズムだよ、新たな帝国の。

侍とマシンガンと原爆、そしてスパイと手製のラジヲで、テクノ文明論は行こうかなあ・・・?
あとイベントがらみでの企画は、粥川さん、
そして、やはり、熱い熱い伏線に、小松美彦さんを張って行こう、と熱く決めていた。

で、後期の集中ポイント、
そして、ハイライトは、11月の粥川・香西さんを迎えたシンポジウム。
カニ座2トップ体制は、シンポの企画で苦労するナカオをささえて、かなり、いい展開に。
浅野もサポートしてくれている。
実はドナーカードを持っていた毛利、そしてコイケのコンビも、よくやる。
内容は、HPの報告を参照。

このころ、阿部は、ガッチリ、就職活動。
多くの内定を取ってくる。三菱商事に。
うーん、岩崎の「海坊主」弥太郎の子分衆の筋にも、
とうとうツカ研はエージェントを送り込んだぜぃ!
半島情勢の変化でミヤガワがはぜるとき、とか、
台湾を独立させるときに、自衛隊のスイッチは任せておけ、
うちで作っている、とか、いまは敵を知るとき、とか、
まあ、このころから、阿部は、名言を残すようになった。

そしてパリにするかニースにするか、
はたまたミヤガワと一蓮托生でプサンに行くか、
なんだかハタハタしていたリョンソンは、パリに合格!
そして中津家の前の川でバタフライ対決をしたミッキーは、中国へ。
うーん、パリと中国って、欧亜の自己中の両旧帝国に、
ツカ研自己中派(?)のエージェントを送ることになるのだ! 
デンマークやら韓国・オランダ、そして台湾という「小国派」と、
米・仏・中の「大国派」の対立が、ツカ研内部でも、生まれるかなあ?
イギリスって、どっちにしても、コザカシイし、セからしかぁ!
このころ、トニー・ブレアには、つくづく、再度ながら、立腹。
スズキ、うーん、ちゃんと勉強しろ!
というわけで、新帝国のミマキとあわせて、水1で、ミマキとスズキの大復活。
これってアングロサクソンラインだあ。

まあ、小国連合のデンマーク派には2005の段階で現地にオカムラもいて、
ツカ研からは定期的に人材補給しているし、細川・小宮山も続くことになっているし
やっぱりデンマーク派の領袖、トモちゃんは偉大だ。
やはり小国の韓国派は、リョンソンを失い、痛手だなあ。
でも半島はしばらくはミヤガワがひとりで頑張るらしい。ちょっと張飛のようだ。

この秋も、塚原はあちこちからお座敷がかかる:
塚原東吾、「科学史・環境史から見たオランダ史料」、日本学士院・東京大学史料編纂所、国際研究集会『日本関係海外史料研究:オランダを中心に』、2004年10月19日 
これは、東大史料編纂所の報告文集にその内容を掲載の予定。この関連では、もともと、日蘭学会関係では、下の小さな報告を2本『日蘭学会通信』に載せていた。
塚原東吾、「蘭学研究と地球温暖化問題:歴史的な観点からみた気候の復元(前編:研究の発端・ボッフムのシーボルト史料)」、『日蘭学会通信』、平成16年4月、No.1 (vol.109)pp.2-4
塚原東吾 「蘭学研究と地球温暖化問題:歴史的な観点からみた気候の復元 (後編:
歴史気象学・気候の歴史的復元の試みにおける課題)」、『日蘭学会通信』、平成16年7月、No.2(vol.110)pp.7-9.
そのついでに、というか、そのオランダ関係の流れ(?)で、
2005年2月には、ノーベル賞をとったオランダ人物理学者ト・ホーフト博士と講演会
「日蘭学会設立40周年記念講演」を、
元文部科学大臣で東大の学長、そして俳人としても知られている有馬朗人さんの司会でやることになる。
うーん、有馬先生には、そのあと、湯島の料亭ですきやきをご馳走になる。
福島の和牛だといっていたが、すきやきなのに、やたら、黒い。
そしてしょっぱい。うーん、さすが、関東。醤油カルチャーだった。

この秋は、国内と海外に2本の遠征:
11
月の金沢(カニ!)、STS学会、と、12月のソウルでの東アジアSTS会議!!!

STS学会での発表とセッションは以下のとおり:
11月 科学技術社会論学会  金沢工業大学 金沢 
 塚原東吾 企画シンポジウム: 科学技術への「帝国」からの視線:STSにおける歴史研究のレリヴァンス 基調報告 
 塚原東吾, STS固有のコンセプト」,企画セッション 藤垣裕子・杉山滋郎・塚原東吾・木原英逸: 事例分析の蓄積のためにーSTS固有の概念、方法と研究者養成への試論

 ツカ研は、やっぱ、遠征をすると、いい。
ミヤガワ: 中島さんが発表の最中、日本の植民地性にかんして
鋭い突込みを韓国の若手にされた話をしていて、泣きそうになっていたのが、面白かった。
朝は海までユージンをつれて、オガちゃん・ミヤガワとドライヴして、
コウバコ・ガニのタマゴと、ブリ、それに、カニの味噌汁を食べる。
うううううまい。 ツカハラ的には、コウバコ・ガニが、いたく、気に入る。
それもタマゴが。 だから、ちょっと、いささか、コレステロール、
そしてビールの飲みすぎで尿酸値も(?)、心配。

それと、このころ、04年の後期のマイブームは、
中沢新一の『僕の叔父さん 網野善彦』、
うーん、これは、ムチャムチャ、おもしれーでぇー。
というか、実は、ちゃんと、深いところで、けっこう、感動しちゃいます。
京大の人類学で春日くんと一緒だった松嶋くんは、
オガちゃんの学生時代の友人と判明したが、彼は、「泣けた」というし。
網野さんもさることながら、中沢護人さんというのは、立派な技術史の人で、
彼の翻訳、ベックの『鉄の歴史』というのは、名著・名訳ですから、
この本を読んで、科学史のツカハラにとっても、いろんな判らなかったことが、
一気に、繋がった感じがします。
そういえば、オガちゃんも、中沢さんの同郷の甲斐のヒトだし、
なるほど、甲斐のクニの反骨家には、このような「精神風土」の醸すものもあったのか、と、
オガちゃん理解に、一歩迫ったような(?)気もしました。
しかし、この中沢新一の文章は、まるで、堂に入ってて、
かつての中岡哲郎先生の風格が感じられます。
うーん、中岡節、と呼ばれた中岡哲郎先生の文章は、
日本の科学史・技術史のなかで、とても特異な、そして、重要な位置にいます。
ほとんど、いわゆる、「泣き節」です。
神戸の科学史の関係者ですから、
(たしか、神戸青年科学史集団、とかなんとか、超アナクロな名前の勉強会を、
湯浅光朝先生の下、山田慶児さんや青木靖三さんたちとやっていたそうです)、
まあ、ツカハラは、三浦さんと共に、この神戸の科学史の伝統を、
なんとか再興しなきゃあいけないんだけどなあ。
ちなみに、中岡先生以降、なかなか科学論関係ではポストのなかった、
大阪市立大・経済学部では、科学史関連のポストとして、「生命経済学」ができて、
ツカ研の瀬戸口くんが、2005年の4月から、着任しました。
おめでとう!

このころ、ときどき、ミッキーのバイトしている、バーミアンへ。
なんだか、たちの悪い一群のお客で、すみません。
ミッキーは、やはり、バーミアンが昂じたのだろう、中国に留学することに。
うーん、鹿児島より、近いのかも。

ソウルでの東アジアSTS学会では、ツカ研は、ちょっと、かっこよかった。
いちおう、発表は:
 Togo Tsukahara, Kobe University, “Science and Imperialism: critical examinations on the techno-scientific legacy of the Japanese Imperial Universities in East Asia and its implications to contemporary East Asian STS.” The 5th East Asian STS Conference, Soeul, Korea, December, 2004. East Asian STS Conference, Seoul 9 December, 2004, 1:30-3:30 pm: Session 2 – Science, Technology, and Imperialism (1)    Chair: KIM Yoo Shin (Pusan University)

うーん、ミヤガワ・コザ・リョンソンのコリア語トリヲは、
やはり、韓国の先生方に、かなりの印象を与えていた。
学生たちの交流もうまく行っていた。
イマニシ、相変わらずのデフェンディング・サポート、
そして国際学会デビュー戦を飾ったのは、大チョウと、チアキ。
その後、バタプロでツカ研の主力に一気に羽ばたく大チョウは、韓国遠征が、いい契機になっていたかな。
ミヤガワは、なんだか、やっぱり、「コイツ、絶対に、隠れて勉強していたんだ!」、っていう感じ。
韓国の先生方から、ミヤガワを教育したのは、ツカハラ、本当にキミか、
という驚き(?)を含んだ、お褒めの言葉をたくさんいただく。 
ちゃんと、金森さんを、ソウルのいい飲み屋に連れて行き、そのときは、
ミヤガワも、アベも、いい感じの女の子を連れてきていて(!)、
さすが・・・なんでも、現地調達のできる男たちであったぜぃ!
ミヤガワの連れて行ってくれたホッケを食べさすタライでマッコルリのでる飲み屋、
なかなか、金森さんの、キュートさに、いかれて、
やっぱ、ミヤガワの下半身(?)が、心配の材料だけど、
これって、ツカ研的DNAだから、しょうがないかぁ・・・と、
妙に納得し、楽しくソウルの夜がふける。
アベは本にいると、まあアベだが、海外、特にアジアではいきなりケイン・コスギだ。
中国語だけじゃなく、英語でもちゃんと切り返している。
台湾でのメロディちゃんの時もそうだったが、女の子たちのアベを見る目が違っている。
そりゃあ、そうだ、やっぱり、できるヤツはできるし、それがわかっちゃう。}
女の子たちは、フツーに、オトコを見る目くらい鍛えている。
それで、今度は、ルーインが神戸に来る。
ツカハラはすごいエージェントを教育しちゃったらしい。
三菱での活躍が期待できる。もしかすると、ホントに孫文くらいの・・・というか、
台湾がマジで独立するときは朱徳とか林彪くらいの格の、(台湾なら、やはり、鄭成功か?)
そんな活躍しそうだ!
ルーインは、3月、ツカハラの訪問時にも、いろいろとあちこち連れて行ってくれる。
バタとリョンソンと仲良くなっている。
ルーインって、台湾大学の社会学の助手だから、
実は、けっこう、アカデミックには、できる人、っていうか、すごい人なんじゃない?

このころ、ツカハラが気に入っていた言葉: トミナガが、石原さんに向かって、
「石原先生は蒋介石で、ツカハラ先生は、毛沢東です。」って、言ったって、
うーん、石原さん、ちょっと、やっぱ、ムスメたちと会話のできないオトーサンなので、
実は、けっこう、なやんでたぜぃ・・・、でもツカハラは、周恩来がいいなあ・・・!
インドで健闘してきたトミナガ、アフリカでは、ちょっと、へたって帰ってきた。
HP
の報告にもある。
石原さんの悩みは、トミナガの、休学。
一応、石原さんって、そういうこと、気にするんだ。
(蒋介石じゃあなくて・・・) 
トミナガは、水1のTAを頼んでいたので、みな、知っていると思う。
タンザニアには、ツカハラがシャプラ時代からよく知っている荒木美奈子さん
(『女たちの大地』で知られています、今、京大の先生です)
が、JICAのプロジェクトでいるんだけど、トミナガに紹介しておいたんだが、
いろいろ、見てきたかったらしいが、
どうもいろいろ、トミナガのやりたいことがすんなりできなかったようで、
海岸でのリトリートで、なんだか、エネルギーが、というより、
ある種のフォーカスが、抜けちゃった感じ。
ツカハラは、ガンガンに説教しまくるが、
ちょっと、世界の大きさの前に佇んでいる、というか、
自分が小さく感じられている、のだろうか? 
}
でも、そういうところが、多分、トミナガの、「正念場」なんだろう。
ウヒヒ。 でも、ちゃんと、「社会に立ち向かいなさい」。
2005は休学して、再度、アフリカに挑戦中。
一回り、大きくなって帰ってくることを期待している。

ツカ研の海外遠征は、もう、数回やってきたけど、やっぱり、面白い。
もちろん、課題もある。
やっぱ・・・英語で、ちゃんと、コミュニケーション、できないと、
ツカハラの教育のレベルが、問われてしまう・・・、
そして、ある種、異文化のなかでの対応に、ヴァルネラブルでもある。
まあ、英語だけじゃあないが、基本的な、「コミュニケーション・スキル」が必要だ。
それで、ツカ研は、春から、「国連英検」をやることに。 
A
級受かってないと、海外遠征とか、学会に連れてくのは、なし!にしよう、とか・・・? 

そんなわけで、3月は3日・9日・16日・22日・30日と、ほぼ毎週、「国連英検の模試」をやる。
ミマキが、けっこう、サポート。 攻略法を指南してくれている。
で、マリリンがちゃんと勉強してることとかが見えてくる。
というか、マリリンって、けっこう、「遣い手」の口?
ユカリンは、「アタシなぁ、ヒアリングが得意やねんのになぁ、
何で国連英検て、ヒヤリング、ないねん?」とか、
妙にまったりしたアクセントでいう。京都・北白川の産と判明。
後に川村と、京都的なるヴァイブレーションの空間で、
「あれでしょ、あれ」で、通じあっている。まあ、これが、公共性というものか。
で、ミマキはしっかり国連英検のA級にうかっていること、これは、「やっぱり!」、です。
でも、スズキがあまりにできないんで、驚くが、
これも、「やっぱり・・・(?)」、とか、思う。
ヤツは、まだまだ、鍛えないといけないなあ・・・。
語彙もあるし、コンセプトも判っている。
そりゃあ、イギリスに一年居たんだから、物も知っている。
でも、どうも、うまく自分の持っているいろいろな知識を整理して、
それでそれらに白黒の整合性をつけて、うまく出力できないらしい。
ポイントがわかっているようなのに、どうも、出し方が甘い、ということだろうか?
それとも、判り方が、浅いのかな? 塚原にとって、鈴木は、ある種の教育的課題。
そんな2004年度の、「ざぁぁぁんーねん!」は、スズキの留年。
残念な、留年だ、残念な、留年だ、と、ちょっと、ラッパー調でおちょくってやるしかないような、
「単位の数え間違えによる、卒業、不可」って・・・いくらなんでも、なぁ。
うーん、ミヤガワを見習って、(アベを見習うのはむりだろう)、
隠れてでもいいから、しっかり、勉強しろ! 
・・・というか、6年かかっても、(そのうち2年も韓国にいるのに)、
ちゃっかり、単位の勘定だけは、しておくあたりを、見習っておけぃ!
しかし、まったく、神様が、スズキに、
「もうちょっと、ツカ研に居ろ。」と仕向けたとしか思えない。
でも、最後の半年は、あちこちにアプリを書きまくり、
落ちまくり、それでも書き直し、頑張っていた。
それで、A級も一次は受かり、結局はニューヨークの日本総領事館のエージェントになる。

さてさて、時間は若干前後するけど、
2005
年1月のしょっぱなは、ツカハラ的には、名古屋での集中講義で明ける。
情報文化学部での情報の歴史についての講義、
情報創造論特論II、サブ・テーマは、
「科学史からの直球勝負・理性と革命の時代の情報革命」とかでした。
アブストやレジュメ、試験問題は、ツカハラの授業のページに。
パリの隠岐さんとすすめているヘッドリックの本の翻訳、
『情報時代の到来:理性と革命の時代の情報、1700‐1850』(法政大学出版)が
全体のベースになっています。

それで、2月4日、前述の日蘭学会設立40周年記念講演会、
ノーベル賞のト・ホーフトさんと有馬朗人先生と。
うーん、偉い人2人にかこまれて、ちょっと、オレって、「前座」?
でも、小生の講演が、一番最後でした・・・。
タイトルなどのデータは以下のとおり。
 Togo Tsukahara (Kobe University), “Dutch Natural Sciences and Japan: Enlightenmental Agent, Synchronization of the Twins’ Practical Orientation, and Science in Future”, Memorial Lecture given at the occasion of 40th years anniversary of the establishment of the Netherlands-Japan Institute, Tokyo. 4 February, 2005. Sanjo Hall, Tokyo University.

さて日蘭学会の余燼も収まらないうちに、2月11-14日は東京都立大学・三上先生とツカハラで共主催した国際シンポジウム、『小氷期以降の自然気候変容と災害』での発表:
 Togo Tsukahara and the Kobe Team of historical meteorology at Tsukahara’s Laboratory, Kobe University.
“Beginning of Instrumental Meteorological Observation in Japan: by whom, in what context, and its transitional nature”, presented at the International Workshop, organized by T. Mikami and T. Tsukahara, “Climatic variations and natural disasters since Little Ice Age: Links with volcanic and solar forcing”, 11-14 February, 2005, Venue: Tokyo Metropolitan University, International House
  (PTTHPに貼り付けときます)。
テーマが気象でもあるので松本さん・ミヤガワなど神戸からの遠征部隊、
そして久しぶりに、浅井が来てくれている。
それで翌日は、ベルギーのガストン・デマレー先生と奥さん
(チェコ人でスキーのオリンピックの選手)、
チェコのブラッズディル先生にアテンドして、一緒に銀座の歌舞伎見物 
 両国の江戸東京博物館  新宿の朝鮮料理店(任さんともご一緒)での飲み会と、
楽しく都内を散策。
でもここに出てくる地名だけ、つなげてみると、なんか、面白い
:ベルギー・チェコ・銀座・両国・江戸東京・新宿・朝鮮、って、
2000
年くらい先の考古学者が、コザのコンピューターとか、
総社に埋もれているあたりを発掘して、この地名の部分だけが解析できたとしたら、
一体どんな解釈してくれるんだろう、なんて、
こんなこと考えてんのも、まあ、国際シンポジウムで、えらい長いタイムスケールで、
いろいろと検討していて、氷河期とかが、なんだか身近な(?)せいだろう。
ついでにデマレー先生ご夫妻・ブラズディル先生とは、三上先生のご夫妻とともに、
浅間山の(当時は噴火中です!)、河口を見に行く・・・
雪のなか、浅間は噴煙を上げてて、小爆発を繰り返してました。
浅井は田町のNECの一番上の階にいるらしい。
でも浅井って、神戸に居たときと同じように、NECでも超優等生ぶりを発揮しているらしく、
上司とかから一目おかれていそうな感じのオーラが、モワモワっと、というか、スクスクっと、かな、
まあ、出ている。こういう人って、企業でも、けっこう、これから偉くなるんだと思う。
このシンポジウムの報告は、海洋出版の『地球』という雑誌
(すごい名前だけど、地球科学関係の人には、すごくよく読まれているらしい、学術専門誌です)に、
05
9月に掲載されます。正確なタイトルなど、
05
年の業績のところを参照してください。えへへ、浅井の卒論、ちゃんと引用してますぜ。

実は、この国際WSの最中、柴崎の誕生日に、ツカ研東京組の小納会、というのがあった。
神戸の大納会を目の前にした、東京組の集まり。
東京組では、オルグと原稿書きが驚嘆するレベルで不得意だった薗田がちゃんとオルグ。
うーん、やっぱり、東京は、人間を成長させるようだ。
というか、中村くんの教育成果?
そもそも、電話もかけらんないし、手紙もかけなかったんだぜ!
で、ツカハラはミゾグチに妙に絡まれてる。
そして濱田の結婚宣言。
これには、みんな、ちょっと、焦りの色、というか、
おたがい、こういう時は、えへへ、とか、いろいろとお互いを意識して、
どっちが早い、とかじゃない、とかって、
そういう、当たり前のことで、わざわざつまんないこととかを言い出すが、
「私の結婚観」とか語っちゃったりして、(シバサキ!)、それでけっこう、盛り上がる。
とにかく、濱田、おめでとう。 
神戸からの遠征部隊にはアベ・ミヤガワ・コザやエミカッチ。
ツカ研OBのパワフルな風に、
(けっ、みんな、東京弁しゃべりやがって!)、
初めてのエミカっち、盛り上がったOBの前でちょっと静か。
いつも静かだっけ?
でも2人のエミさんは、どうでした? キミはツカ研エミねんとグループの3人目だよ。
>>>写真、だれかに送ってもらったけど、HPに貼っといて。

この年のツカ研の卒論は、長いことご無沙汰だった、岡山派の山本チエさん。
就職でいろいろと苦戦してたみたいだけど、最後に、希望のところに入るとは、
なかなかです。
まさか、6年も大学生をやると、本人も思ってなかっただろうし、
周囲も、一番、「まさか」のタイプだと思っていたらしい。
でも6年もいました。
卒論は、神戸の外国人の医療についてのソシアル・ヒストリー、
オガちゃんが副指導で査読してくれて、
ヘー・ヘー・ヘー、をいっぱい出していた、
伊藤博文が、神戸の県令(知事)だったこと、とかに。
もちろん、文化規範のなかでは、千恵さんの仕事は、圧倒的な「金の脳」もんです。
着実な資料収集、調査そしてインタビュー。メロンパンです。

ツカ研(プラス)の卒論は、アベ。
これは、いい。
主査の王さんも、高いレベルのOKを出してました。
ヤツの卒論については、ちょっと、その後、出版や再構成の方向、
もしくはLo Ming-chengの本の翻訳に解説として絡めることなども検討しているので、
皆さん、お楽しみに!

デンマークから帰っているのに、研究室に顔を出す間もそれほどなく、
上勝に飛んでいってしまったナツコも、ここで、卒業。
金沢とか、チョコチョコは来ていたが、やはり、上勝は遠い。
こっちも、なかなか行くための時間がみつからない。 
うーん、もうちょっと、(豊島ほどでなくていいから!)、神戸・岡山の近くにしろって!
それで、なにしろ田舎にひっこんじゃった(?)から、
大納会も出れないって、大納会の前のこのころ、卒論を出したついでに、
ちょっと研究室に顔を出しに来て、
「何か、辛いものとか、油っぽいものとか、食べたい」なんて、
つまり、都会的な(?)、というか、普通の若い人の(???)、
刺激のあるものが食べたい、という、なんだか、かわいそうなことを言うので、
(いつも、お年寄りに囲まれて、おばあちゃん系の、
長生きしそうなものばかり食べているそうです・・・)、
車なので飲めないし、
そのままミヤガワと3人で、(アベも電話で呼んだけどヤツは来れなかった)、
北野の香港酒家に。
でもなあ、と、ちゃんとした中華料理と、うまい紹興酒をのみながら、考えた。
ナツコも、これで卒業かあ、というところで、ちょっと、ツカハラは、感慨深い。
「成果」というのなら、あいつこそ、そしてあいつのやっていることやその軌跡こそ、
小生は、世間様に向かって、誇れるぜ。 
ちょっと、(展望なく?)、飛びすぎだけど。
でも、まだ、カタワレのコザが居ますよ、と、ミヤガワが慰めて(?)くれる。
ナツコ、うーん、キミは、今は、飛ぶとき、
というか、飛びすぎてしまっている(?)ときなんだろうから、
まあ、行った先で、カッチリ、走ってくれ、
でも、いつかは、ツカ研に戻って、
ちょっと、後輩たちのロールモデルになってやってくれると嬉しい。
うーん、ツカハラは、高校2年生で140Kmで投げるピッチャーが、
自分でプロテスト受けて、(まるで星飛雄馬だ)、
でも巨人じゃなく新球団の楽天NGOsあたりでプロになったあとの、
高校野球のチームの監督、って、そんな(どんな?)感じですぜ。 
だとすると、コザはバン・チュータ? 
バン・チュータって、中日いくんだけ>>>中日にはオズマも来る。
巨人に行ったのは、やっぱ、薗田かな、花形くん。 
それとも阪神はミツビシ?

さてこの年の大納会は、219日と、ちょっと早い目。
なんだか、誰がオルグをしかけたのか、
(小生は、オルガナイザーとしての辣腕家は、大蝶であるに睨んでいるが・・・どうだろう?)、
すごい人数に。
これは、なんかいうより、写真を!
ただ、オガちゃんのゴルゴとコイケの子分が、写真では見えない。
台湾からは、ルーインも参加。

3月20日、濱田の結婚式

3月23-28日、ツカハラは、台湾で、医学史のセミナーに。
ついでに、あちこちで、交渉、
そして台湾独立運動、いわゆる中国の「反国家分裂法」に反対するデモンストレーションに参加、
というか、取材、そしてあちこち、インタビューして歩く。

―――というわけで、カレント、2005です。:―――――――――

というわけで、(って、どういうわけだ?)、
・・・韓国遠征以降、おおきくはばたいたバタフライとチアキの領導で開始され、
大納会の余波で動き出した2005は、
いまやマリリンをひとつの中心に、遅れてきた藤井に、
ザッツ(ザット?)とエミカの寮生コンビ、
国体優勝のトモちゃん(2人目のトモちゃん、大原さんです)、
ユカリン、アキラや浅野とか、神社の鮫島・藤田晶子、
そして(書ききらんメンバー、ごめん)
けっこう、若手で、多くのメンバーが出入りするようになっている。
まあ、かなり、濃いいメンバーがツカ研のエース争いと
レギュラーのポジションをめぐって走りだしている。
今のキーパーソンは川村。 あれでしょ、あれ、はいはい。
公共圏ですよ、あれ・あれ・あーれんと、とか。
はいはい・さいでっか、はいでっかーとか。
ミマキの存在、そしてなにより、コザ・スズキあたりのバックアップが強い。 
そしてヨシローも、いい感じで絡んでくれている。
松本・イマニシは、ディフェンスのラインを、いまはぐっと後方に下げている。
メディアと権力と国際女性戦犯法廷、UN研究、植民地の帝国大学の研究、軍縮と死の商人、
バタプロのカルタイのフェアトレード、オリンピックと身体文化論、とか、
もう、なんだか、すごい展開だ。
学問的には、SPDの財城さん(気象学)、
そして東大から北陸先端大の金凡性さん(地震学)が、
プロフェッショナルなレベルで、いい仕事をしてくれている。
まあ、一流って、こんなもんです。世界は近い。思ったより、忙しい未来は、進行中の現在です。

あと、塚原の学問的な業績、まだ全部は上に書いてはいません。
ちょっと、別に、年度ごとで、書いている論文とか、一覧表を作っておきます。

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